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2012年06月26日 飯舘村からの手紙


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昨秋、関西の友人から預かった義援金を飯舘村に寄付しました。
その時にも、送金してすぐ、村からのお礼の手紙がきて
丁寧な対応に驚きましたが・・・・・

さらに今回、みなさんの支援のおかげでこの1年3カ月頑張ってくることができた旨の
感謝の手紙が村長名で届きました。

これまで支援してくれた人で、住所氏名が分かる人全員に出された
ものと思われます。
避難を余儀なくされている村民への対応で、ただでさえ忙しいでしょうに
さすが、「手間ひま惜しまず」 「丁寧に」 「心をこめて」 「時間をかけて」 「つつましく」
暮らすという ”までいライフ” を実践してきた村だけのことはあります。

寄付をした者としては、たとえ少額であれ、それが被災者のために
ホントに使われたとわかるのは、安心だし嬉しいことです。


文中に
    「普通の災害は、家庭であれ、地域であれ、自治体であれ、
     ”頑張ろう” と心が結束します。
     しかし、放射能の災害については、色々な考えがあり、
     対応に大変な難しさがあります。
     従って、いずれ村に帰るにしろ帰れないにしろ
     村民一人ひとりに出来る限り寄り添うことが大切という
     考え方で”村の復興計画”がつくられています。」
と、ありました。

村の人たちが元のごく普通の生活ができるようになるまでには
まだまだ多くの困難が横たわり、その道のりが遠いことを思い知らされます。

また、手紙には 『飯舘村1年3カ月の記録』 と題し、震災以降の飯舘村の
主な動きをまとめた印刷物が添えられていました。
それを見ると、この1年、原発事故に振り回されながらも少しでも事態が
前に進むようにと、出来る限りを尽くし、日々放射能災害と闘ってきた
村と村民の姿が伺えます。

感謝の手紙と放射能災害と闘ってきた日々の報告書が送られてくる。
ここまでされたら、きっと誰でも、これからも飯舘村を応援しよう!!と
云う気持ちにさせられることと思います。
”までいの心” の勝利ですね。

一日も早く、村民のみなさんが元の生活を取り戻されることを
心より願わずにはいられません。



ついでに、ひとこと・・・・

先ごろ、野田総理の肝入りで、福井県・大飯原発の再稼働が決まりました。

再稼働を容認した、おおい町の町民の方々、町長さん、福井県の知事さん
みなさんにとっては、福島の原発事故は、所詮、他人事なのでしょうか。

安全対策を万全にするのは当たり前のこと。
でも、人間のすることに100%完璧ということはないのです。

ひとたび原発事故が起これば、少なくとも80キロ圏内に住む人々の
生活のあらゆる面に筆舌に尽くしがたい様々な難題が降りかかってきます。

おおい町だけでなく、他の原発立地自治体、近隣自治体に住む方々、首長さん方
放射能について広く勉強し、深く考えてほしいと切に願います。

福島での原発事故が教訓にされないとしたら
放射能災害に遭遇してしまい、今なお辛い日々を送らざるを得ない
福島の人たちは救われないではありませんか。






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