2012年01月30日
つらら

先日、猪苗代で 「つらら」 が下がっているのを見て
昔、スキー場で 「つらら」 で水割りを作ると美味しいと誰かが言い出し
窓を開け、外のつららを何本かへし折った事を思いだしました。
「つらら」 は、屋根に積もった雪が融けて滴り落ちる時に
寒さで凍って出来ます。
融けては凍る作業を繰り返してだんだん長くなっていくので
寒いばかりではダメで、寒暖の差あってこそ長くて綺麗な
「つらら」 になるそうです。
さらに、ゆっくり凍ると気泡や不純物が抜けて透明になるとのこと。
「つらら」 は、真っすぐ下に伸びていくとは限らず曲がって
家の窓を突き破ったりすることもあるようで、最近では
「つらら」の出来にくい屋根が開発されているとか。
そのうち、雪国の風物も見られなくなってしまうのかもしれません。
2012年01月26日
旧暦ライフ

ある雑誌の付録で、今日が旧暦の何月何日なのかが簡単にわかる
”カレンダー” をゲットしました。
普段使っているのは 「グレゴリオ暦」 という太陽暦ですが
ここ何年か、自然に寄り添う暮らしを求めて 「旧暦」 が見直されて
きているそうです。
「旧暦」 は、太陰太陽暦 と呼ばれ、月の満ち欠けを基本に
二十四節気など太陽の動きを取り入れた暦です。
旧暦の、一日は必ず「新月」、三日は「三日月」、十五日は「十五夜」と
暦の日付が月の満ち欠けとピッタリ合っていて、昔は、夜空を見上げれば
日付を知ることができたようです。
日本の伝統的な行事のほとんどは、この旧暦で行われてきたものなのに
今は、日付だけそのままにして、新暦に置き換えているために
季節に合わなくなってしまいました。
例えば、桃の節句。
新暦の3月3日はまだ寒く花もありませんが、旧暦だと、今年は3月24日にあたり
桃の花が咲く季節になります。
七夕も新暦の7月7日は梅雨の最中でなかなか星が見えませんが
旧暦では今年は8月24日にあたり、晴天も続く頃で、天の川が丁度真上にくるそうです。
日々の月の満ち欠けや、細やかに移ろう季節が感じとれる 「旧暦」 は
豊かな自然とともにあるこの福島での暮らしにピッタリのような気がします。
今年は 「旧暦」 を少し意識した生活をしてみたいと思っています。
ちなみに、旧暦の ”元旦” は、今週の月曜日、1月23日でした。
2012年01月22日
湿った雪

大寒の昨日から未明まで雪が降り続けました。
今朝は、木々に雪が積もり、白い花が咲いたようで、とても綺麗でした。
ふと、隣家を見ると、ご主人が竹ぼうきを手に庭木の雪払いを
している姿が目に入りました。
あんな事せんとあかんのかなぁ??と思いつつ、庭へ。
遠目には綺麗に見えた木々ですが、近寄れば枝に10センチ近く
積もった湿った雪の重みに耐えかねて、大きな木は枝が垂れ下がり
ドウダンツツジやヤマツツジは重みで横に広がりスッカリ樹形が変わってしまい
ヒュウガミズキやヤマブキは雪に埋もれてしまっていました。
見るに見かねて、私も雪払いをすることに。
払うと、枝が元の戻ろうと跳ね上がり、頭の上から雪が降ってくるわ
長靴の中に雪が入るわ・・・・大変。
ついでに、玄関の前の雪かきと車の雪降ろしも。
湿った雪はとにかく重い!!
朝食前に、ドッと疲れました。
2012年01月20日
『@Fukushima』

首都圏や関西の書店の店頭からは、原発事故関連の本を集めたコーナーは
すでに姿を消してしまったようですが、福島の書店では健在です。
その中で、目新しい本を見つけたので読んでみました。
『@Fkushima』・・・私たちの望むものは という本です。
編者は、高田 昌幸 氏。「北海道警の裏金問題取材」で名を馳せた
ジャーナリストです。
氏は、大震災から半年近く過ぎても、マスメディアを通じて流れてくる
「福島の声」の数々が、どこかよそよそしく、紋切り型で、人々の複雑な事情や
思いを尽くすには、あまりにも短く、整いすぎているように聞こえ
”本当はもっともっと丁寧に、福島の声を伝える必要があるのではないか”
と思い、この本を企画したそうです。
「まえがき」には
・・・・・
原発事故という未曾有の事態を前にして、何十万人、何百万人という人が、
怒り、戸惑い、悩み、諦め、そして先々への望みを抱きながら、もがくように
日々を過ごしている。
私たちは2011年の8月から10月にかけ、そんな人々の声を聞いて歩いた。
・・・・・
本編34人、写真27人、計61人の声によって構成されている。
・・・・・
何が正しく、何が正しくないか。ここにはその回答はない。
しかし、何十万分の61、何百万分の61かもしれないが・・・
悲しみ、怒り、諦め、やるせなさ、踏ん張り、希望、そういった「福島の思い」が
詰まっている。
・・・・・・
と書かれています。
このお正月、各地に住む知人・友人からの年賀状を見て
”福島のこと、伝わってないんだなぁ” って感じることが
多々ありました。
ぜひ、全国の人に、この本を読んでいただきたいと思います。
日本に54ヶ所もある原発のどこかで、また今回の様な事故が起きたら
もしそれが自分の近くで起きたら
突然、否応なしに、どんな状況が降りかかってくるのかを
垣間見ることができるはずです。
以下に、本編の内容を少し抜粋します。
☆ 二人の子供を連れて伊達市から札幌へ避難した宍戸さん
・・・・・
同調圧力が凄いんです。・・・・原発事故はあったけど、
「うちらは大丈夫だよね」「普通に生活しようね」って。
普通に生活していこうと目指してしまうんです。
その中で、「危ないよ、本当は逃げなきゃだめよ」って言ったら、
「あの人、何を言ってるの」ってことになってしまう。
・・・・・
事故直後は本当のことが分からなかったし、「どうなるか分からない」って
みんな思ってたと思うんです。でも、いまは違う。
(福島に)残っている人たちは 「俺たちは被曝してるんだし、
これからどこにも行けないし、ここで頑張って生きていくしかないんだ」
って変わってきちゃってると思うんです。・・・・・
☆ 一号機での水素爆発の時に原発から3.8キロの所にいた双葉町長の井戸川さん
・・・・・
爆発は鈍い音でしたね。ああ、こういう音かと。
みんな軽く水素爆発って言ってますけど、あれは重い爆発なんですよ。
水爆なんですよ。 空から降って来ましたからね。
爆発したとき、 吹きあがったゴミなんかがかなり落ちてきて。
パラパラパラパラと。 もう、絶望でした。 異様な光景でした。
死の灰とも違う。 黒い雨とも違う。
だけど、確かに放射性物質が降ってきてるんですよ。
そのさなかに、その下にいるわけですよ。・・・・・
☆ 福島大学準教授の石田さん
・・・・・
いろんなことが、これからだと思いますね。
除染された物質にしても、それが溜まったし、これどうすんの?って。
だんだん、みんな気付いてきた。
「で、どうすんの?」って議論、本格的にはこれからだと思います。
で、そのときに県民がその覚悟を 持てるのか。
たとえば、「原発周辺は無人化するしかない」っていう現実的な覚悟を、
県民がちゃんと選べるのかどうか。
私は、それを選ぶような県民になっていかなくてはいけない、と思っています。
その分岐が「いま」です。「がんばろう、福島。いつか戻れる」っていう
美辞麗句しか言えない福島になっていくのか、現実を受け入れることができるのか。
・・・・・
☆ いわき市の地域紙編集長
・・・・・
放射能のことを考えると、今は非常時ですよね?
その一方で復興だ、復旧だ、という動きがある。
震災前の日常への、猛烈な回帰です。
新潟の「雪国まいたけ」は、放射能値は毎日測定して公開を始めました。
それをCMで流していて。
テレビでは天気予報みたいに県内各地の 放射能の値が報道されて。
これが今の日常です。 被曝後の日常です。
こうやって日常に戻ろうとしているんです。
「元に戻る」とは、どういうことでしょうかね。
日々の生活が平穏になる、 ということなんでしょうか。
それだけで言えば、表面上、いわきは日常に戻って来ました。
街をご覧になったでしょう? 見たところ、何も変わっていません。
よく言うじゃないですか、不安を煽らないで、と。
そうした結果が今の日常なんだと思います。・・・・・・
☆ 福島市のNPO代表 藤原さん
・・・・・
こうやってボランティアとか独自にやってるんですけど、
「なんで?」って正直、みんな思ってますよ。
除染もそうだけど、なんで地元のうちらがやんなくちゃいけないの?
東電とか国がやるべきことだよね?
除染や自主避難が当たり前になり、この福島で生きていくって決めていても、
「不安がない」と言えば嘘になるかもしれない。 そんな状態なんですよ。
なのに、なんでうちらがやんなくちゃいけないの?って、みんな思ってますよ。
ほっといたら、やんない。 絶対にやんない。 だから、みんな、やってるんですよ。
・・・・・
2012年01月17日
梅の剪定

諺に ”桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿” というのがあるように
梅の枝はきちんと剪定した方がよく、手入れの行き届いた梅には
見事な花が咲き、実をつけるそうです。
今朝、この寒空に、植木屋さんが庭の梅の剪定に来られました。
えっ?? こんな時期にするものなの?? とビックリしましたが
何でも、庭植えの梅は、秋に花芽が確定した後から
つぼみが膨らみ始めるまでの間に行うものとか。
剪定が終わり、白梅、紅梅ともすっきりした樹形になり
春を待つばかりになりました。
福島では、梅の開花は3月中頃でしょうか。
花の季節が待ち遠しいものです。
2012年01月14日
高畑天満宮うそかえ祭

災いを「うそ」にするといわれ、災難よけのお祭りとして知られる
『高畑天満宮うそかえ祭』が、飯坂温泉の 西根神社 で12日から16日まで
開催されています。
私も、原発事故によってこの福島にもたらされた災難を 「嘘」 に替えられれば
どんなにいいかと思い、小雪舞う中、お参りしてきました。
このお祭りの縁日にだけ授与されるのが名物の 「鷽鳥」。
以前にもご紹介しましたが、鷽鳥は、天神様の後祭神・菅原道真公 所縁の鳥で
この鳥が木にとまっている姿を木彫りにしたお守りです。

このお守りを授かると、一年間の悪いことを全て鷽鳥が身代わりとなって
「嘘」に替え、良いことに替わるといわれています。
参拝を終えた人たちが次々と買い求めていました。
もちろん私も。
巫女さんに 「お顔を選んであげてください」 と言われチョッとビックリ。
売り切れてしまったサイズのものがあったようで、客に問われると
「その大きさの鷽さまは、全て大空に飛び立たれました。
また、来年お求めください」 との巫女さんの返答。
なかなか粋な口上だと感心してしまいました。

2012年01月12日
早朝の吾妻連峰
2012年01月10日
中の沢温泉 御宿万葉亭

三連休の最後の昨日、土湯峠を越えて猪苗代町へ下る途中にある
中の沢温泉の 『御宿 万葉亭』 に行ってきました。
中の沢温泉は、250年ほど前に、地元の人々の湯治場として開湯された温泉で
安達太良山の西側にある源泉から引き湯しています。
その湯は、開湯以来現在まで湯量、泉質とも変わっていないとか。
泉質は、酸性ーカルシウム・アルミニウムー硫酸塩・塩化物泉。
昭和になり、スキー場や硫黄鉱山などが営業を始めたことで
映画館、料亭などもできて賑わっていたそうですが
今は、鄙びた温泉街の風情です。
今回宿泊した 『御宿 万葉亭』 は、この温泉地の老舗旅館の新館として
雑木林の中に建てられたひっそりとした佇まいの宿です。

大浴場(写真 下左) とそれに続く 露天風呂(写真 下右) は、総木造り。
周囲は雪と木々の他に目に入るものは何もなく
静寂の中に、聞えるのは湯船に滔々と注ぐ湯音だけ。
何とも癒されます。

無料で利用できる貸切露天風呂。
こちらは、磁器製の湯船でまた趣が異なり、楽しめます。

担当の仲居さんに聞けば、お正月からずっと満室続きだったけど
今日は珍しくお客さん2組で静かだとのこと。
おかげで、広々とした湯船は、いつ行っても独り占め。
湯量豊富な源泉掛け流しの湯を、静かに心ゆくまで堪能でき、幸せ幸せ。
こんな好機はめったになく、チョッと得した気分の一泊でした。
この宿も ”日本秘湯を守る会”会員の宿です。
2012年01月06日
冬の味覚

”冬の味覚” といえば 「松葉ガニ」 に 「ふぐ」 と
関西では相場が決まってますが・・・・・
ここ福島では、「ふぐ」 も 「松葉ガニ」 も店頭では見かけません。
ふぐ料理を食べさせる店はあるようですが
カニ料理の店はなさそうです。
売られているのは冷凍のロシア産のタラバガニやズワイガニ、
北海道の毛ガニくらいです。
ということで、 「ふぐ」 も 「松葉ガニ」 も
関西に帰った時に食べるしかなかったのですが・・・・
福島の我が家で、雪を見ながら 「てっちり」 を食べたい との思いがつのり
これは ”お取り寄せ” をするしかないと、大阪ミナミの黒門市場で探したところ
何と!! お気に入りの ふぐ料理店 ”太政” で全国発送をやっているとのこと。
先日、初注文。
翌日の午後には見慣れた てっちり用のふぐ と てっさ、湯引き、ポン酢 が届きました。
早速、その夜いただいてみれば、これまた食べ慣れた味で美味。
これも、宅急便が整備されたおかげ。
遠くに居ても、欲しいものがすぐ手に入る。
便利になったものだと クロネコさんに感謝した次第です。
2012年01月03日
新 年

新しい年が明けました。
年末年始は、例年通り関西で迎えました。
風も無く暖かな元旦。
これも例年通り、家の近くの門戸厄神に初詣。
新年が、厄災のない穏やかな一年でありますようにと
祈念してきました。
往復の新幹線、特に東京・新大阪間は、指定席全席満席の混雑。
車内を見回せば、いつになく幼子連れの若夫婦がやけに多く
流行りの ”家族の絆を大切にしたい” と、実家でのお正月を
決め込んだのかなぁと思ってみたり・・・
福島に着くと、駅ビルや駅前のデパートで初売りが始まっていて
これまた珍しいほどの人出、車で賑わっていました。
そんなこんなで、放射能汚染のことも、ついつい忘れがちの数日でしたが
TVの天気予報で 「本日の各地の空間線量の数字」 の画面を見て
福島の現実に引き戻されました。
2011年12月29日
私の今年の漢字
国民レベルでの今年の漢字は ”絆”。
福島県の佐藤知事 は ”心” だそうです。
私は ”哀” です。
3・11以来、震災に関するTVの報道を見ても
新聞の記事を読んでも、人の話を聞いても
いつも胸を締め付けられる思いでした。
特に、原発事故で撒き散らされた放射能が
結局は人の手に負えない代物だと云う事がわかってからは
心の奥底に、憤りを通り越して、深い哀しみが刻み込まれてしまいました。
人影も無い避難区域、仮設に住む避難者、他県へ自主避難している親子、
農作物からセシウムが検出されて途方に暮れる生産者、
漁業の再開もままならぬ漁師さん
閑古鳥が鳴いている観光地 などなどの報道を見ても
新聞の読者投書欄を読んでも
投稿された世相川柳や短歌を読んでも
美しい景色を見ても
綺麗に咲いた花を見ても
胸がつまり幾度涙したことか・・・・・
来る年が、福島にとって、少しでも希望の光が見える年になって欲しいと
願わずにはいられません。
2011年12月26日
市内の道路も凍結

クリスマス寒波で日本海側は大雪になったようですが
ここ福島市は、薄っすら雪化粧するくらいの降雪でした。
なのですが・・・今朝は晴れた分だけ冷え込んで
7時台の外の気温はマイナス6℃。
陽はさしているものの、雪が溶けだす気配もありません。
市内の道路も凍結し、車はノロノロ運転。
信号待ちの車列は長くなる一方。
月曜の朝から通勤の人は大変です。
雪は観ている分には綺麗ですが、生活面ではいいことありませんね。

2011年12月24日
雪の甲子温泉

雪の温泉に入りたくなり、思い立って 『甲子温泉 大黒屋』 に行ってきました。
ここは、以前にもご紹介しましたが、私のお気に入りの温泉の一つです。
東北新幹線の 新白河駅 から車で30分ほどで行けますが
山の中で雪深く、国道289号線の甲子トンネルが開通するまでは
冬季は休業していたので、ぜひ雪の季節に訪れてみたいと思っていました。
お湯は、いつ来ても絶品。
外は深々と降る雪。
生まれたての、ぬるめの温泉に3,40分も静かに浸かると
心身の疲れがお湯に溶け出すかのようにほぐれていきます。
至福の時です。

湯から上がれば、体の芯からポカポカ
新陳代謝が活発になり、お腹もすき
ビールも食事も格別美味しくいただけます。
部屋も床暖房で快適。
こんな雪の温泉で、しばらく湯治をして読書三昧で過ごせたら
どんなにか幸せか・・・と後ろ髪惹かれる思いで
翌朝帰途についたのでした。
2011年12月21日
今朝の吾妻連峰
2011年12月19日
こんなイベント 福島でもウケルかも??
愛知県の 岩倉市(一宮と小牧の間に位置しています) には
『岩倉の夜』 というイベントがあるらしいのです。
これは、事前に4枚つづり計3,000円のチケットを購入すると
駅周辺の30店ほどの協賛店で、2日間、食べ・飲み歩きができるというもの。
実施は今年で3回目ということです。

主婦たちに、「日頃は夜の街を飲み歩きするなんて到底考えられないけど
街の活性化のために考えだされたこのイベントのおかげで
この日は大手をふって家を空けることができる」 と大好評だそうです。
店はどこも、チケット片手に盛り上がるオバサングループで
いっぱいだとか。
対象を主婦に限っているわけではなさそうですが
チョッとお得感があって、仲間とワイワイ行けるとなれば
オバサンたちが飛びつくのは当たり前。
とにかく、母も嫁も卒業した中高年女性のパワーは凄いですから。
福島でも、真似してやってみたらウケそうな気がします。
若い人向けに 『福コン』 があるなら
中高年向きには 『福呑み』 とでも名付けて
福島の夜を飲み歩き、ほろ酔い気分で楽しめるイベントを
ぜひ企画してほしいものです。
2011年12月17日
積 雪
2011年12月14日
氷点下の朝
2011年12月12日
チェーン規制

「磐越自動車道」 は、新潟 から 福島県のいわき へと
会津・中通り・浜通りと、福島県を東西に走り抜ける高速道路です。
昨日は、新潟県内は霙交じりの雨。
福島県会津地方に入ると雪になり、会津若松ICと磐梯熱海IC間は
”チェーン規制” がかかっていました。
12月から、東北地方の高速道路は観光振興ということで
土・日は無料になりました。
その影響か、昨日も雪道をおっかなびっくり走る
関東ナンバーの自家用車を何台も見かけました。
多分、冬用タイヤは履いていない?!
震災後、東北の高速では事故が急増しているとか。
冬の山間部の天候は急変しやすいのです。
雪が降るとなお増えそうで・・・・
NEXCO東日本さんも、東北の冬の高速道路の危険性について
もっと、ドライバーの注意喚起に努めてほしいものです。
2011年12月10日
冬 芽

里にもそろそろ雪がチラつく季節。
森の落葉樹たちもスッカリ葉を落としました。
昆虫や動物や風の力を借りて今年の種子も蒔き終わり
『冬芽』 をつくって越冬の準備です。
『冬芽』 は、寒さに耐え、春になって伸びて花や葉っぱになります。



大地震が来ても、放射能が降っても、植物の命の営みは何も変わらず
繰り返されていきます。
自然って、本当に凄いなぁと思います。
2011年12月06日
天空の旅人が見た ふくしまの大地
今夜、福島放送の30周年記念番組で
『天空の旅人が見た ふくしまの大地』 が放映されました。
モーターパラグライダーで低空飛行をし、様々な風景を撮っている
多胡光純 氏 が、去年の春・夏、そして、今年の冬と震災後の今秋
県内の景勝地を撮影したものです。
春の花見山。 夏の大熊町の海岸線、只見川。
冬の松川浦、雪の只見川。秋の裏磐梯。
普通では見ることの叶わぬ低空からの眺め。
息を呑むような素晴らしい光景でした。
しかし、3・11の震災で、花見山は放射能に汚されてしまい
大熊町の海岸線は津波と放射能汚染、松川浦は津波災害、
さらに只見川沿いは今夏の豪雨で被災しました。
福島は、こんなに素晴らしいのに・・・・
この一年でメチャクチャになってしまったかと思うと
思わず目頭が熱くなりました。
この番組は、地方局の制作番組なので地元でしか放映されないのかもしれませんが
こんなに素晴らしい、素晴らしかった福島をぜひ全国の皆さんにも観ていただきたいと
願わずには居られません。
写真は、TV画面を写したものです。
雰囲気だけでもお伝えできればと思います。






2011年12月04日
可哀そうな柿

福島は ”干し柿” 作りが盛んです。
特産品の 『あんぽ柿』 はもとより、各家庭でもこの時期
干し柿をつくるのが習わしの様になっています。
ところが・・・・
放射能汚染の影響で、今年は 『あんぽ柿』 の生産は自粛
さらに摂取制限までかかっているようです。
生の柿はOKだけど、干し柿にするとセシウムの濃度が高まる
からダメというのがその理由。
もともと1個の柿に含まれるセシウムの量は干したからといって
(空気に触れ、多少は付着するかもしれませんが)
摂取制限しなければならないほど急に増えるはずもないと
思えるのですが・・・・
採る人もなく、たわわに実をつけたまま寒風にさらされている
柿の木をあちらこちらで見かけます。
中には、採った柿が根元に打ち捨てられている姿も。
手を掛けて育ててきた 『あんぽ柿』 や 『干し柿』 の
生産農家のことを思うと切なくなります。
2011年12月01日
冬 空
2011年11月29日
福コン

<写真は福コンのHPより>
巷では ”まちコン” というのが流行っているとか。
”まちコン” 街コンとは、自治体や商店街が主体で
地域活性化と出会いの場の創生を目的として行う
大規模な 合コン のことだそうです。
何でも、2004年に栃木県の宇都宮で初めて行われたとのこと。
以来、全国に拡大中らしいです。
ここ福島でも 『福コン』 なるものがあるとのこと。
おっさん、おばはんには関係ないと見えて、私の周りでは
話題にも上らなかったのですが・・・・
『福コン』 は 「FUKUSHIMAの再生は出会いからはじまる」
を合言葉に、7月からすでに2回行われたそうです。
仕組みは、事前にチケットを購入(前売り 男性は6,500円 女性4,000円)
目印のリストバンドを腕に巻いて、参加の飲食店を3軒回って、飲んで食べて
多数の人と会話を交わし、お付き合いの切っ掛けをつくる・・・というようなもの。
第1回目は県外からの500名も加わり2,000人
2回目は更に増え、2,300人の参加があったとか。
来年1月28日には、男性1,500人×女性1,500人の
日本一の合コンを目指し、第3回目 ”福コン3” が予定されています。
参加の飲食店は65店舗もあるそう。
都会では、3,000人なんて大した数でもありませんが
普段は、人もまばらな地方都市の街中に3,000人もの若者が集まるというのは
とっても大変なことです。
その熱気と活気をこの目で確かめてみたい気がします。
毎回、これほどの集客ができれば、飲食店街も活気がでるし
街の活性化への貢献も大きいことでしょう。
震災からの復興に、東北各地の若者達が立ち上がって頑張っている
という報道を最近よく目にします。
福島の若者達の力に大いに期待したいと思います。
2011年11月26日
歳内くん 阪神入団

今夏、スプリットボールを武器に、福島代表として甲子園大会を沸かせた
聖光学院の歳内投手。
ドラフト2位で指名された阪神に入団することに決まったそうです。
元々兵庫県尼崎市の出身なので、阪神への入団は、彼にとっては本意だったことと思います。
インタビューに答えて
「福島とは離れた所に来たが、少しでもニュースとかで見ていただけるよう
頑張りたい。福島に恩返ししたい」 と語ったそう。
関西とは全く違う風土の中で過ごした3年間の高校生活で得たものを
大切に、忘れることなく、一日も早く一軍のメンバーになって活躍できるよう
頑張ってほしいものです。
2011年11月25日
倉本 聰 氏 の福島県民への思い
脚本家の倉本 聰 氏が、先ごろ福島の被災地を歩かれ
その時の思いをつづり、福島民友新聞に寄稿されたとのこと。
11月17日から三日間に分けて紙上に掲載されました。
氏は、震災後いち早く、福島の子供たちを富良野に受け入れることを
表明され、今夏、40組の親子を迎え入れられたそうです。
震災から8カ月が過ぎ、世の中の関心が薄れたのを実感する昨今
「あの震災時一丸となって立ち上がったかの如く見えた
日本人の絆が早くも崩れかけて来ている。
強烈な関心は減関心となり、やがて風化し無関心となる。
だがそういう人間ばかりではないことを、
痛みを共有し続けている者もいることを、
福島の人々には信じてもらいたい。」
とつづられているのを読み、こういう思いを持って下さる方が
一人でも多くいてほしいとせつに思いました。
原発事故は未だ収束していないのです。
福島は未だ発災中なのです。
放射能汚染との闘いはこの先何十年も続くのです。
どうか、福島のことを忘れないでください!! と叫びたい気持ちです。
以下に、” 「がんばれ」 口に出せず 福島の苦難に怒り、悲しみ ” と題して
掲載された11月17日の寄稿文を転載させていただきます。
長くなりますが、是非お読みいただきたいと思います。
地震と津波と原発事故と、さらにそれに続く風評被害と。
四重苦に苦しむ福島を歩いた。
歩いたといっても僅か三日間である。
その程度の旅で物を云うのは気が引ける。
だがその三日間何人もの人にお逢いし話を聞いたが、
各所で目にした がんばれ福島! がんばれ東北! の文字。
この「がんばれ!」という言葉を遂に一度も口に出せなかった。
当事者でもない他所者の自分が、苦難の極にある福島の人々に
そんな上っ面な皮相な言葉をとてもおこがましくて声に出せなかった。
それほど重厚な悲劇の重みがこの土地、この土を覆い尽くしていた。
川俣町の山木屋から比曽峠を越えて飯舘村の長泥にいたる峠道は
折から紅葉に染められていたが、0.3マイクロシーベルトに
設定していた線量計はたちまちブザーが激しく鳴り出し、
10.88まで数値を上げた。紅葉の赤がセシウム色に思えた。
峠を下った避難区域の農村は人っ子一人なく畑を雑草が埋めつくし、
たわわに実をつけた柿のオレンジが、採る人もなくそこここに立っている。
見上げると空を走る高圧線の電線が夕陽にキラキラと輝いている。
何故か突然沖縄の町を覆う基地のフェンスの針金を想起した。
常磐炭鉱、福島原発と、この地は都会の豊饒を支えるエネルギーの基盤を
常に担ってきた。
沖縄もそうだが戦後日本の平和と繁栄を陰で支えて来たこうした地方が、
突然の悲劇に見舞われている。
そのことを都会の人たちは、政府は、国民はどのように切実に受けとめて
いるのだろうか。
福島への関心は今どうなっているのか。
口では同情を示しながら、仮設住宅とか補償金とか目に見える対応に
明け暮れし、故郷を失った者、故郷があるのに帰れない者への
心の賠償を怠ってはいまいか。
自分を含めてそうしたものを、時の流れの中に風化させていくなら、
それは最も罪深い行為である。
そのことをずっと考え続けた。
原発を中心に、10キロ圏内、20キロ圏内、30キロ圏内
中央官庁の机の上で、コンパス片手に機械的に半円を描いていく国の役人が、
その作業によって永年棲み馴れた土地を追はれ、畑を、仕事を放棄せざるを得なくなった
この地の民の心の痛みをどれほど想像できているのだろうか。
そのことを思うと怒りで胸が熱くなった。
原発に近い避難区域に、実家を捨て難くて住み続けている人は
本当に一人もいないのでしょうかと問うたら、
「いますよ自分の知る限り一人は」。
いとも簡単に答えが返ってきた。
2011年11月22日
菊 芋

地元の知人から 『菊芋』 をいただきました。
農協の直売所の店頭で見かけたことはあるのですが
どうやって食べたらよいのかもわからず、とりあえずネットで調べてみると・・・
この芋、糖尿病をはじめ様々な成人病に効能があると最近注目されているとか。
粉末、錠剤、エキス、チップなどに加工された健康食品が目白押し。
もちろん生の芋も売られています。
『菊芋』 は芋といってもデンプンはほとんどなく
かわりに ”イヌリン” という物質が多く含まれていて
これが効能を持つそうです。
調理法もいろいろで、生のままスライスしてサラダにしたり、漬け物、煮物、炒め物
何にでも使えるようです。
ただ、アクがあるので慣れない人は、皮をむいて水に漬け
アクを取ったほうがよいとのこと。
私は、皮をむき、3,4ミリにスライスしてそのまま梅酢に漬けてみました。
1時間くらいで充分漬かり、その後も漬けたままで一週間ほど毎日少しずつ
いただきました。
アクも無く、カリカリした歯ごたえで、なかなかおつな食味でした。
健康に良いというのに惹かれ、今度店頭で見かけたら
ぜひ買って、他の料理をしてみようと思っています。
2011年11月20日
クマの痕跡
先日の芋煮会の後、水林森林公園の中を散策中に教えてもらった
クマ出没の痕跡です。
クマの爪痕
クマ棚
クマが木に登り、ナラ、ミズナラ、クリなどの実を、枝ごと折り取って食べ、
食べた後の枝を尻の下に敷いていって、木の上に棚状のものができるそうです。

自分の目で、ホンモノのクマの爪痕など見られるとは思ってもいなかったので
チョッと感激ものでした。
2011年11月17日
東北で聞く関西弁
先日のTVで、震災から8ケ月ということで、津波の被災地であの時どう行動したか?を
ある大手スーパーの店長にインタビューしているのを見ました。
大きな揺れで歩くこともままならない状態で事務所から売り場に駆けつけ
お客さんを店外に誘導したものの、前任の店長から聞いたチリ地震の後の津波のことを
思いだし、とにかく高いところへと屋上に再誘導してなんとか津波からは逃れられたが
次は海岸沿いの石油コンビナートで火災が起こり、怯えながら真っ暗な中で寒さに震え
救助を待っていた・・・・・というような話を身振り手振りを交え話していたのですが
それが ”ベタの関西弁”。
件の店長、全国展開のスーパーゆえ関西方面から転勤して来られたのだと思われます。
東北弁の行きかう中で、関西弁で語られるのを耳にすると
こんな切羽詰まった大変な状況の話なのに、どうしても軽い感じというか
面白可笑しくさえ受け取れてしまうのが不思議です。
同じ内容を関西に居て聞けば 「そら、ほんまに、えらいこっちゃったなぁ」 と
真剣な面持ちで応対できるでしょうに。
本来関西弁は、語彙が豊かで、人情の機微を上手く表現できる奥深い言葉なのに
こんなにも軽くお笑い系の印象を与える言葉になり下がってしまったのは
ひとえに、マスコミに登場する吉本のお笑い芸人たちのせいとちゃいますやろか??
2011年11月15日
天のつぶ

11月8日、福島県が15年の歳月をかけて開発した
県独自のブランド米 『天のつぶ』 が発売されました。
行きつけのスーパーの店頭で見つけたので早速購入し
試食してみました。

一粒一粒がしっかりしていてなかなか美味しいと思いました。
同時に何種類か食べ比べて見たわけではないので
どれくらい美味しいのかはちょっと言い表せませんが・・・・

『天のつぶ』 のネーミングは、
「穂が出るときに、天に向かって真っすぐ伸びる稲の力強さと
天の恵みを受けて豊にみのる一粒一粒の米を表す」 そうです。
何とパッケージの題字は現県知事の佐藤雄平氏の揮毫とか。
この 『天のつぶ』 を復興の足がかりにすると共に
”福島といえば 『天のつぶ』” といわれるように育てたいと
関係者は意気込んでいるとのことです。
とはいえ、15年もかけてやっと出来上がったオリジナル米が
震災と原発事故の年のデビューになるとは・・・・
なんとも不幸な星の下に生まれてしまったようで
この先の成長が案じられます。
2011年11月13日
東山温泉 新滝

京都から来福した友人たちを案内して 会津 東山温泉 に行ってきました。
今回は何と言っても、自家源泉掛け流しのお風呂が6か所、
新しくてゆったりした広いお部屋、夕食を部屋食にできる、ということで
『新滝』 を選びました。
期待に違わず源泉掛け流しの内風呂4か所、露天風呂2ヶ所を楽しめました。
秀逸は ”天然岩風呂 千年の湯”
この湯船は、温泉が自噴する天然の岩盤をそのまま生かして造られており
足元から湯が湧き出ています。
かつては、歴代の藩侯の湯だったそうです。
明治以降は多くの文人にも愛され、横光利一はこの湯船で産湯を使ったとか。
お部屋も食事もまぁまぁといったところ。
パンフレットのキャッチコピーに「竹下夢二が愛した源泉掛け流しの宿」
とあるように、ギャラリーには夢二の作品が展示されていました。
旅館としての規模は大きく、団体客さんいらっしゃい!! の観光旅館に見えましたが
その実、昔からの温泉を守りながら、今様のバランスのとれたなかなかの宿でした。
















